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MOONBOW RECIPE

FILL YOUR LIFE WITH LOVE.

火の鳥を読みました 荒削り感想

読めばなんか気づきがおこるのではないかという期待感から読みすすめまして
物語の半分以上は読んだところなのだけど

まず手塚治虫さんの知識量、情報量には驚いた。


最初の編は卑弥呼様やスサノオ、アメノウズメなど神様の名前が頻出する。


フィクションとはいえ憧れていた・神さまの名前の人間が織りなす血みどろの泥臭い物語には若干抵抗感を覚えた。

 

火の鳥では死と再生が物語の大きなテーマとなっているとのこと。

 

スピリチュアルでよく言われている?ような
規模こそ異なれど、すべてはひとつのものから作られている、すべてのものはいきている
ということも書かれている。

 

最も過去の編と最も未来の編は繋がるようになっていて
途方も無い時間をかけてループする構成になっています。

 

バシャールとかスピ界隈のいろんな人が言うには
一万うん万年周期で陰陽的なエネルギーが入れ替わると言われていて、
今はちょうど陰⇨陽に変わる時期とのこと。

 

ここから思うのは、
いいとこどりできたらいいのにな、ということ。


我ながら人間らしいか回答だ。笑

 

今より陽の時代に生まれたかったな、
陰の時代には経験したく無いな、と思う。

 

火の鳥の中ではわたしが今見た限りでは
どれも物騒な時代で、常に主人公は命を奪われかねない状況にあった。


(特に鼻のでかい猿田という男が転生するたびに不憫。これ前世の罪によって報われない人生が繰り替えさえれてるのだけど)

 

そのほかにも愛する人と別れ戦争に赴かなくてはならない、別れを受け入れざるを得ない、
洞窟の中で行くびゃく日も過ごさなくてはならない絶望感、
古墳づくりのために生き埋めされる人間、そのあと結局埴輪で代用されるようになったという、なんというか胸糞な話など
今のわたしから見ると地獄のようなことは

その中でもその時代の人々はそれが正義や幸せだったり、当然のことだったりする。


それを考えるとこの前アメトークで何とかホモ・サピエンス図鑑?全史?(みたいな名前だった気がする)という本の紹介の中で出て来た

「意識の共有」「価値観の共有」が人の歴史を形作って来たというのはなるほどな、と思う。

 

動物は進化こそしているけれど
いつの時代も本能で生きている。

 

意識の共有にはメディアの力とか教育とかで刷り込みはされているものの、
それを守ることができるのはやはり意識と価値観を集合意識とチューニングしているからだ。

そうすると、
テレパシーとか、霊感商法だのと否定されているものの
結構みんな普通に使っているのではと思う。

 

ほんで、「平和の概念」ってなんぞやとも思う。

 

火の鳥の中では小さいアリと大きいアリが戦っているところで
主人公が対峙する敵が強いことから自身の境遇と重ねて小さいアリを応援するシーンがある。

 

また、火の鳥がDNAレベルから宇宙の先レベルまで意識を合わせて、規模が異なるだけで、
構成は同じ的な説明をするところがあるんだけど、

人類が戦争もない、核もない、仲良しこよしとなったとして
アリは縄張り争いをしている、仮にどこかの惑星とどこかの惑星が戦闘しているとなれば
それは平和と呼ぶのだろうか、という疑問もあがる。

 

この疑問に対してのわたしなりの回答は、
わたしが認知していない限り平和と呼ぶのでしょうなー。
ということです。

 

そして、人は自分の幸せしか担保できないということでした。


紛争が起きている地域は、私たちの暮らしを知らない。
私たちは紛争が起きている地域の気持ちは100パーセントは体感できない。

 

それしかコントロールできないなら、幸せのがいいよねっていう。

 

自分が幸せになることが世界を救うとは、つまりそういう捉え方もできるのではないかという、感想でした。